医療の限界と危険、安全な医療はないということを、しっかりと説明

医療崩壊が急速に進行している中、マクロ的な解決を求めての活動が必須な
ことは言うまでもありません。(マクロ的な解決: 先進国並に医師数を
増加すること、および医療費増大を国会議員、中央・地方政府に要求する
こと、市民におよび医療従事者に啓蒙していくこと)
 ミクロ的な方策も同時に実行する必要があると思います。病院長が勤務医を
守る姿勢を示すことについては別のところに書きました。それだけでなく、
医師個人が「医療の限界、危険を素直に患者・家族に語る」ことも重要だと
思います。入院時に、私はその内容を生の言葉で語って、その後で数部印刷して
手渡ししています。もちろん、入院したその日に来られた家族の分だけ
を印刷するのではなく、関係者全員に行き渡るように沢山印刷して渡して
ます。
 これはほんの一例で、他にもまだありますので、機会をあらためて
紹介します。

私が回復期リハビリテーション病棟の入院にあたり渡す文章

■■■一般的なことがら(総論)
■■安全なリハビリテーションということはあり得ない(医療は常に危険をともなう)ということ
 副作用の出現があり得ない薬はこの世に存在しないということは医療関係者でない方々でもよくご存じと思います。回復期リハビリテーション病棟の入院にあたり、次のようなことも強調いたします。
 ▽安全なリハビリテーションというものはあり得ない、常に危険を伴う

 ▽リハビリテーションの危険は主として転倒・転落による骨折を代表とする怪我

 ▽口から食べるためのリハビリテーションの危険は主として気管支炎、細気管支炎、肺炎などの気道感染症

 このようなことが意外と知られてないため、私はご家族には必ずリハビリの危険ということを説明するようにしております。
 リハビリテーションを行うことにより体力と筋力が増大し、立ち上がりや歩行の能力が改善していくと、見守りや軽い手伝いが必要なのに自分一人で歩けるように思ってしまうため(特に認知症があると)、身体機能の改善と同時に精神機能も十分に改善していかないと、転倒・転落の確率が増大します。転倒と転落の予防のためいろいろと対策を実行することにより、大けがをおこす確率を減らすことはできます、しかし大けがをする可能性をなくすることは決してできません。
 
■入院中の患者の転倒・転落による怪我をなくすことは不可能ということ
 脳卒中や骨折の手術後のリハビリテーションを積極的に行っている回復期リハビリテーション病棟は、いろいろな種類の病棟の中で一人の患者さんが転倒や転落を起こす確率がもっとも高いと考えられます。脳卒中や骨折の患者さんの圧倒的多数は認知症を有し、しかもリハビリを行うことにより身体状況が変化していくからです。
 認知症のためベッドから転落する患者さんは、回復期リハビリテーション病棟には常に数人はおります。柵をはずして落ちる可能性と、柵を乗り越えて転落する可能性のどちらが大きいかにより、柵を3本にするか4本(乗り越えて転落すると骨折の危険が大)にするか決めるのですが、いつも迷うところで、どちらがいいかの判断には自信を持てることは例外的です。柵をはずしたら警報が鳴る装置はありますし、しばしば使用しますが、器械の故障等で鳴らないこともあります。病院ではいろいろと工夫はしてますが、それでも回復期リハビリテーション病棟で骨折がない年はこれまでなかったし、今後もあり得ないと思います。危ない患者さんにはリハビリはしないという方法のみが、回復期リハビリ病棟の転倒と転落の件数を減らすことができるでしょうが、そんなことが良いことであるはずありません。

■歩行が不安定な患者さんが骨折する危険は、病院の方が自宅より大きいこと
 自宅は慣れた環境ですし、人通りが多いわけではありません。自宅と比較すると、病院では認知症の患者さんが多く、廊下でも病室でも人が多いため、ふらふらと歩いて患者さんに他の患者さんが接触するようなことがよくあります。その他にもいろいろな要因があり、病院の方が転倒の危険が自宅よりはるかに高いのです。
 ご家族の圧倒的多数は「病院には専門職がたくさんおり、人の目がいきとどいているから転倒して骨折する危険は自宅より低い」とみなしていると思います。そのようにみなしているご家族は「病院で骨折がおきたら、責任は病院にある」と誤解しがちです。

■病院の中で転倒して大怪我をしたとしても病院には過失がないこと
 ある人が自宅で転んで骨折した場合には、家族の誰かが別の家族の「注意義務違反」を理由に裁判に訴えようなどと検討すらしないと思います。ところが、病院で骨折がおきた時に、患者さんの家族が裁判に訴えるということがとても多くなっています。提訴して民事裁判になり、病院が敗訴して多額の賠償が命じられた判例はいくらでもあります。
 いつもお見舞いに来られて担当の看護師、医師らと意思疎通ができているご家族は、骨折などの事故がおきても、不可抗力と納得してくれる傾向にあるようにみえます。ところが、めったにお見舞いにこないため、担当の看護師や医師とまったく疎遠なご家族は、明白に不可抗力の骨折であっても、病院を非難することが少なくありません。
 
△以上、『安全なリハビリテーションということはあり得ない』ということに関連して、長い説明となりましたが、どうか真意をご理解下さいますように希望します。