人手不足の医療現場では、安心と安全が対立する

 現実の急性期医療は圧倒的なマンパワー不足におちいってます。医師について言えば、急性期から療養型の病院へあるいは開業への流れが加速しており、大学の医局からの医師派遣が減り、同時に女性医師が増大しているため、医療崩壊ということが進行しております。
 さて、このような崩壊過程にある急性期医療の現場において、近年は「安全」ということがしきりに強調されてきております。結果が悪いと重過失などなくても、家族がマスコミに通報して報道されて、一方的に医療者が悪人とされがちになりました。実際に訴訟となり、民事で賠償金、刑事で有罪とされることが急増しました。
 昔は医師が診察しても変わりない場合は、カルテには何も記載しないことが少なくなかったと思いますが、今は管理的立場の医師は現場の医師に対して、「記載がないと患者をみてないと裁判官が解釈するので、しっかりと書きなさい」と要求します。現場の医師も訴訟の恐さはよく知ってますので、昔よりははるかによく書くようになりました。カルテ記載の増加程度のことならたいしたことでないので良いのです。
 ところが、カルテに記載がしっかりとあろうがなかろうが、結果が悪いと裁判という風潮が一定限度を越えてしまったために、それ以上のことが現場の医師や看護師に求められるようになりました。
 病院を運営する立場の人々は、安全のためにということで、ワラにもすがる思いで、いろいろな対策にすがりつくようになりました。いかなる「対策」も、患者さんと医師・看護師が接する時間を削減します、たとえ残業を増やしても。なぜなら、診療報酬の削減が継続しており、かつ、医師と看護師の増加は微々たるものですから、マンパワーの増大など不可能で、逆に人手がますます不足してきているからです。このような現実の中で、「安全対策」のための委員会、書類、複雑な業務手続きが増加するばかり。同時に、患者・家族への説明に要する時間も増大を続けてます。「安全」のためにということで、患者さんに直接かかわらない仕事が増大したため、実質的な「安全」が低下してきているのが現実におきていることなのです。
 現場の医師や看護師の大多数は「安全」と訴訟対策のための諸業務増加により、「本当の」仕事をする時間が不足したり、時間外労働が増加しているために、こんなふうに思っているのではないでしょうか。

 『こんなことよりも、患者さんをもっとしっかり診る時間が欲しい。
  こんなことをしているとかえって危険が高まる。
  医療ミスをしないための仕事や、結果が悪い時にそなえてのアリバイ作り
  のための説明と記載にこれだけ時間をついやしていると、医療ミスが起き
  るのではないのか。かえって不安。安全は低下しているのでは?』

ここまで書いてきたことと、別のところで私が述べてきたことを要約しましょう。

(1)安全のための諸業務の増大は、病院管理職の安心の強化にはなる
 「これだけしっかりと委員会、書類(マニュアル等)、手続きを整備して
 いるのだから、有害事象が起きたらそれは現場の医師や看護師がマニュアル
 等をきちんと守らないからだ」と責任を回避することができるため

(2)安全のための諸業務が増大したため、実質的な安全が低下した

(3)安全のための諸業務の増大は、現場の医師・看護師の不安を増長した

(4)安全のための諸業務の増大は、患者さんの安全を低下させている

(5)患者さんは安全のための諸業務が多いところを選択するわけではない

(6)患者さんは、医師が当直明けなどの極度の疲労状態で検査や手術をすることを知ったら安心できない

(7)医師は安全のための諸業務が多いところに患者さんを紹介するわけではない

(8)安全のための諸業務の増大は、経営的にはマイナスとしかならない

(9)安全のための諸業務が膨大なことが、訴訟発生確率を低下させる証拠はない

(10)安全のための諸業務が膨大なことが、訴訟になった時に病院が敗訴する
 確率を低下させる根拠はない

(11)日本医療機能評価機構の病院機能評価の受審による間接業務の増大は
 特に大問題で、病院機能評価の受審により医療の安全が実質的に
 高まる証拠は皆無で、大多数の病院では医療の安全が低下したと
 考えられる

(12)日本医療機能評価機構の病院機能評価の受審は、病院の管理職と
 厚労省官僚の「安心」にはなっているようである

(13)日本医療機能評価機構厚生労働省官僚の天下りのためにだけ存在するの
 ではなく、医療の安全を高める方策の実行を厚労省が放棄して、丸なげする
 ためにもある(薬害エイズのごとく、厚労省の官僚が訴えられる確率を減じる)
     ※薬害エイズで訴えられた厚労省官僚には本気で同情します
      官僚が提訴されないためには、現場で実行可能かどうかにかかわ
      らず、ルールを厳しくする他ありません。あるいはルールの制定を
      民間に任せること(責任回避=丸投げ)。

(14)厚生労働省の官僚は医療の安全を高める政策には関心がない
 もしそのような政策を実行する決意を持っているとしたら、圧倒的に不足する
 医師や看護師の数を増やすこと、および、医療費の増大が必要であることを、
 堂々と政治家と国民に訴えるはずである


 マンパワーの増大がなく、業務効率の改善もないままに、安全のためにという名目で間接業務が増えたために、病院管理者にとっての「安心」は少し増大したかも知れませんが、現場における医療の質と安全が低下し、現場の安心が低下しいるということです。もともと医療は危険なもので、安全な医療ということはは有り得ません。安心できる医療は患者にとって有り得ないし、現場で診療をする医師・看護師にも有り得ません。

病院における診療をより「安全」に、より訴訟がおきにくくするための方策

 私は次のようなことを現在勤務している病院で強く主張しているところです。自分でできることは既に実行しています。

▼患者・家族に医療は永遠に危険なものだ、安全な医療など有り得ない、医療行為において安心などないということを、一般的に、具体的にしっかりと説明し、文書でも渡す。
 ▽説明の際には、人間と人間との語り合いとなるような雰囲気の醸成に努める
  純粋に医療的な話しの前に、患者さんが元気なころの生活ぶりや趣味
  出身地などを尋ねたり、自分の出身地や経歴について語ったり。
 ▽入院時には来院した家族のみか関係する重要な家族全員の文のコピーを
  手渡す
 ▽カルテには手渡しした文書のコピーを保存するが決してサインを求めない
 ▽説明文書のデータベースを充実させ、全医師が共有・改良していく

▼診療の標準化、特にチームとしての標準化
 ▽CVカテーテル挿入のルール等、標準的な方法を決めてどんどん実行
 ▽診療部と看護部の数名で、診療のチームとしての標準化
  プロジェクトを立ちあげて、診療のいろいろな分野に関して具体的な
  諸ルールを提案していく (心肺停止における実践のガイドライン
  など、課題はたんさんあります)

▼診療の標準化、特にチームとしての標準化
 ▽CVカテーテル挿入のルール等、標準的な方法の実践をどんどんおこなう
 ▽診療部と看護部の数名で、チームとしての診療標準化プロジェクトを
  立ちあげて、診療のいろいろな分野に関して具体的な諸ルールを提案していく
 ▽嚥下障害、排泄の問題(特に過活動膀胱)など、患者さんのADLやQOLに重要な
  ことがらについては、医師、看護師らの多職種で勉強会を行い、次いで
  定期的にカンファレンスを実行(スクリーニング→計画→実行→評価
  →実行内容改善→実行.......)
 ▽医師と医師とのチーム医療も推進するために、できるだけ日当直医師に
  診療の方針や治療の根拠を文書で伝える

▼医師・看護師ら医療専門職の間接業務を徹底して減らす
 その目的は、診療について考える時間と、患者と家族に直接かかわる時間を
 増やすこと
 ▽医師に求められる書類作成のうち事務職でできるところは事務職が行う
 ▽医療専門職が記載する書類を真に必要なもの以外は廃止
 ▽医療専門職が委員会に参加することは本当に必要なことに限る
 ▽患者のリハ室搬送など、医療職以外で実施できることについては
  賃金の安い非専門職の新規雇用により代行
 ▽病院機能評価の受審やISO 9001取得などカタチだけで、間接業務を増やし、医療の質向上にはならないどころか、低下につながりそうなことはやめる

▼医療専門職の間接業務を徹底して減らすための組織のあり方
 すなわち、これまでのような上意下達主義から現場主義への転換!!
 ▽現場の専門職に対して、患者と現場の双方にとって有用性に乏しい書類、
  業務手順、委員会を廃止したり改善することを提案するように病院として
  積極的に奨励する (TQMを開始)
 ▽トヨタなど一流企業はすべて現場主義だということを学習するための
  勉強会を実施する

▼医療専門職のマンパワー and/or 給料を増大するための方策
 コスト管理を徹底して実行して、浮いた金で人を増やしたり、給料を増やす!
 れは、医療専門職から選ばれる!病院となるための政策
 ▽診療部と看護部の数名(管理職は不可)で、どうしたらもっと働き安い職場
  にできるかのプロジェクトを立ちあげる: 理事長直属が良い
 ▽病院管理者による価格交渉
  ・例えば、水道代と電気代は値引き可能。真剣に取り組むべき
 ▽上意下達主義ではなく現場主義のコスト管理を開始する
  ・例えば: 電気代、水道代などが現場の者に見えるようにし、
   削減のアイデアを現場から募り、どんどん実行する
  ・例えば: カラー印刷は極力しない.........

「患者から選ばれる病院を目指そう」は死語

 「医療専門職から選ばれる病院を目指そう」がこれからの Key Word!!

病院機能評価の version 4/5やISO 9001の取得が患者の選択に関係ないことも、医療の質向上をもたらしていないことも『医師や看護師の常識』だと思われます。日本全国における病院の中で「患者が来てくれない」が課題のところは例外的であり、医療専門職が来てくれない、あるいはどんどん辞めて行くのが圧倒的多数の病院の泣き所ではないでしょうか。
 私が前述した提言は医療の質向上(患者さんの利益増大)、訴訟確率の低下を直接の目的としてますが、それらの政策は「医療専門職から選ばれる病院」にしようということでもあります。くり返しになりますが、そのための基本原則は以下の通り。

  • 医療専門職の間接業務を削減して、診療の実務にかかる時間を増加
  • 医療機能評価、ISO 9001など間接業務を増大させることはしない、やめる
  • 現場主義でコスト管理をする持続可能な実践を行う
  • チームとしての診療の標準化を実行する
  • コスト削減等により利益があがったら、専門職 and/or 非専門職のマンパワーを増大する